時本真吾『あいまいな会話はなぜ成立するのか』 #
- 『あいまいな会話はなぜ成立するのか』
- 岩波書店
- 2020年06月15日頃
- ISBN: 9784000296953
- 岩波科学ライブラリー 295
日常会話は遠回しな表現でみちているにもかかわらず、聞き手は話し手の意図を直ちに理解する。なぜ言葉になっていない意図を推測できるのか?なぜ推測はほどほどでおさまるのか?なぜ遠回しな表現をするのか?3つの不思議を念頭に、哲学・言語学・心理学の代表的理論から、現代の脳科学に基づく成果まで紹介する。
第1章 言わないことが伝わる不思議 #
- 日常会話でよくみられる遠回しな表現とその理解に関して、「適切な文脈の検索」「推論の収束」「間接的表現の存在理由」の3つの不思議が、20世紀後半からの代表的理論でどう研究されてきたかを再検討。また、「心の理論」やそれに関する最近の脳研究の成果も取り上げられる。
- 冒頭の人工知能との会話の例からもはっきりしていると思うが、本書で議論される内容は、ほかにはない人間のコミュニケーションの特質に関係すると言えそう。人間が人間である根拠と言えるかも。
- ただ、動物のコミュニケーションにも「遠回しな表現」がないかどうか、そのあたりの研究はどうなのだろう。
第2章 会話は助け合いである #
- 「適切な文脈の検索」に関して、イギリス出身の哲学者ポール・グライスの考え方が紹介されている。すなわち「協調の原理」とのその下位原則の議論。これは、話し手の間接的表現に対して、聞き手が話し手の意図をどうやって推測するに至るのかを説明するもの。
- とてもおもしろい。コミュニケーションが話し手の伝達だけでなく、聞き手による能動的な推測と理解とによってはじめて成り立つと捉えられること。それに加えて章末でふれられているが、グライスは、言語によるコミュニケーションだけでなく非言語的コミュニケーションも含め、コミュニケーション全体に「協調の原理」を想定していた。人間の社会生活の全体が「協調の原理」に基づいているということ。互いに「協調し合っているはず」「合わせているはず」という根本想定があって、そこから相手のことを理解しようとするはたらきが生じていると言える。
- もう少し考えるなら、そもそも「協調」とはどういう事態なのだろうか。わかったようなわからないような気分になる。
第3章 人間は無駄が嫌い #
- 関連性理論の立場から上記の3つの不思議がどう説明されるのか、紹介されている。ちょっと内容が難しい印象。まだよくわからない。
- 関連性理論の基本的な考え方は、人間の心はそのつど自分にとってもっとも関連が深いことに自動的に注意を向けるようにできており、その点で章のタイトルのとおり、できるだけ効率性を求めているということ。
- この点から、間接的表現に対する聞き手の解釈のはたらき等が説明されることになる。
- ただ、筆者によれば、3つの不思議のどれについても、まだ十分な説明にはなっていないことが指摘されている。
- よくわからなかったのは「処理コスト」の議論。情報を解釈するとき時間や手間のかからないことがポイントの1つとされるのだが、少し疑問。なるべく手早く解釈しようとするのはそうかもしれない。でも、そのコストの計算はそれほど単純でない気がする。もともと持っている背景的知識の内容や量(?)によって、コストの計算は変わってくるのではないか。
- このあたりは、関連性理論の前提になっているらしい進化論の議論といっしょに考えた方がよいのかもしれない。
第4章 体面が大事 #
- ポライトネス理論の見地から「間接的表現の存在理由」について考察する。ポライトネス理論では、コミュニケーションで言葉が相手を傷つける=相手の「顔」をつぶす危険度(逆に言うと丁寧度)を、3つの要素から決まるものとして公式化し、